流れ去る湧水の熱エネルギーを電気として有効利用

ポイント
・ 湧水と大気の自然な温度差から発電できる技術を考案
・ 電池なしで湧水の温度を計測し、無線通信で自動的なデータ収集に成功
・ 地域資源である湧水の保全と持続可能な利用に貢献

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202406061829-O1-uhyaoDDb

概 要 
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)物理計測標準研究部門 応用電気標準研究グループ 天谷康孝 研究グループ付、地圏資源環境研究部門 地下水研究グループ 井川怜欧 上級主任研究員、国立大学法人 茨城大学 大学院理工学研究科 一ノ瀬彩 助教は共同で、湧水と大気の温度差を利用した「湧水温度差発電」が可能なことを実証しました。発電した電力を用いることで電池なしで湧水の温度を計測し、無線通信で自動的にデータ収集することに成功しました。この技術は、固体の熱と電気の相互変換作用である熱電発電を利用するので、水車のような可動部を必要とせず、水の流れがない水路でも発電が可能となります。また、太陽光が届かない日陰や、夜間も連続的に発電することができます。この技術を用いれば、メンテナンスのコストを抑えた連続的な環境計測も可能となり、人為的な活動などによる湧水の変化を早期に発見することができます。このように、湧水の持つ熱エネルギーを電力として活用する多面的価値を創出することで、地域資源である湧水の保全と持続可能な利用に対する貢献が期待されます。

なお、この技術の詳細は、Elsevier出版の学術誌「Energy Conversion and Management」に2024年6月2日付で掲載されました。

下線部は【用語解説】参照

開発の社会的背景
地下水が地表へと湧き出した湧水は、地域のくらしや文化、水神社などの土着信仰を支える貴重な存在です。地下水が豊富なことで知られる松本盆地の中心部に位置する長野県松本市は、まつもと城下町湧水群に代表される豊富な地下水を有し、これらは井戸や水路などを通じて地域の文化や生活に彩りを与え、現在でも貴重な観光資源となっています。一方で、水道の普及による井戸の減少や道路拡張による水路の暗渠(地下通水路)化で、このような水辺環境は失われつつあります。しかし、近年、提唱されるようになったTNFDやネイチャーポジティブの観点から、官民一体となった地域の自然資源(生物多様性、大気、水、土壌、鉱物)の保全や持続的な利活用に注目が集まっています。松本市の湧水についても、新たな利用価値を創出することができれば、地域の貴重な資源として、これまで以上に地域の発展に貢献することが期待されます。

研究の経緯
産総研物理計測標準研究部門では、電気量の精密測定技術を開発し、国家計量標準として整備しつつ、その知見を、熱電材料・モジュールの性能評価などにより社会ニーズに即した課題へ展開してきました。産総研地圏資源環境研究部門では、環境課題の解決に必要な、水文学・水文地質学の研究および地下の開発・利用に係る技術に関する調査・開発を行ってきました。一方、茨城大学大学院理工学研究科では、長野県松本市を舞台とし、湧水などの地域資源を核とするデザイン手法の研究に取り組んできました。今回、両機関は、湧水の新たな価値の創出を目指して、湧水の持つ熱エネルギーを利用した発電技術の研究開発に取り組みました。

なお、本研究開発は、独立行政法人 日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C)「水辺空間の価値創出に向けた環境発電のデザイン上の課題解明と導入方法の実証的研究」(2022~2025年度)(研究代表者 一ノ瀬彩)による支援を受けています。

研究の内容
湧水の温度は、地表の気温変化の影響を受けにくく、昼夜、1年間を通してほぼ一定な性質があるので、大気と湧水の間には自然な温度差があります。温度差を電力に変換する熱電発電を用い、湧水に浸すだけで発電する「湧水温度差発電」を考案し、安定した電力供給が可能な湧水温度差発電装置を開発しました。また開発した発電装置を実際に湧水に設置して発電することで、電池なしで水温を計測し、無線通信で自動的にデータ収集できることを実証しました。

図1 (a) に、湧水温度差発電装置を示します。片側を湧水に浸した円柱形の銅棒にて、熱電モジュールのある表面まで熱の流れを導くことで、大気よりも湧水の温度が低い夏場には熱電モジュールの片面が冷却され、大気よりも湧水の温度が高い冬場には加熱されます。すなわち、夏場には大気から湧水に熱エネルギーが流れ、冬場には湧水から大気に熱エネルギーが流れます。一方、熱電モジュールの反対面には、地表面付近の外気と効率的に熱交換が行われるようにヒートシンクを貼り付けた構造になっています。本装置では、湾曲できる柔軟な熱電モジュールを用いて、円柱形の銅棒と熱電モジュールを密着させることで、銅棒と熱電モジュール間の熱を伝わりやすくする工夫をしています。さらに、大気の熱を対流によりヒートシンクが効率的に授受できるよう、ヒートシンクのフィンの向きを重力の方向に対して平行となるよう取り付けました。

今回想定している湧水と大気の温度差が小さい環境では、熱電モジュールの出力電圧は、数百mV程度であるため、温度記録計が動作する電圧までその出力電圧を昇圧するDC-DCコンバーターが必要です。また、安定に給電できるように、キャパシターを熱電モジュールと組み合わせて使っています。温度記録計には、液晶表示機能が付いたワイヤレス温度記録計(T&D TR42A)を用いました。

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長野県松本市(緯度:36.23°N、経度:137.97°E)の水路に温度差発電装置を設置して発電実験を行いました。松本市の市街地には豊富な井戸や水路が存在します。発電試験場の選定にあたり、産総研地質調査総合センターが調査、公開している日本水理地質図や地下水研究グループの研究成果などを活用しました。また、市街地に張り巡らされた水路や点在する井戸の幅、水温、水深などの熱環境の調査を地元住民の協力のもと行い、設置場所を決定しました(図2)。

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湧水温度差発電は、大気と湧水の温度差を利用した発電です。湧水の温度は年間を通して約15 ℃とほぼ一定ですが、その一方で、気温は季節によって変化するため、それに伴い発電量も変化します。2022年5月、2022年8月、2022年11月、2023年1月(2月)の異なる季節に発電試験を行いました(図3(a)~(d))。1日の発電量の平均値は、5月は3.1 mW、8月は4.2 mW、11月は1.1 mW、1月は14.5 mWでした。湧水と大気の温度が等しくなる期間を除くと、ワイヤレス温度記録計を年間通して安定に動作できる電力が得られることが示されました。特に、気温が氷点下となる1月が最も効率よく発電できました。これは、湧水と大気との温度差が最も大きくなる季節だからです。また、夜間も温度差が生じるため、昼夜を問わず発電することができました。

また、2022年5月に発電した電力を温度記録計に給電する実験を行いました。湧水の温度は、一日を通して安定しており、約15 ℃でした。一方で、試験期間中の大気の温度は、天気はおおむね晴天だったことから、日中は30 ℃に達し、夜間は17 ℃に下がりました。ワイヤレス温度記録計には、電池を搭載していませんが、水路に装置を置くとキャパシターへの充電が始まり、所定の充電電圧に達すると起動し、水温を計測することに成功しました。測定データをスマートフォンにワイヤレスで送信することもできました(図4(a))。最後に、湧水温度差発電装置により給電した温度記録計により得られた水温測定の結果を示します(図4(b))。日中、日差しの影響による熱で湧水の温度はわずかに上昇するものの、夜間は、温度が一定となる様子を測定することに成功しました。この結果は、電池を搭載した温度記録計により得られた結果とも一致しました。このように、キャパシターと組み合わせることで、湧水と大気の温度差が小さくなっても、キャパシターに余分に充電した電力により、温度記録計を連続的に動作させ、無線通信でデータ収集できることを実証しました。また、湧水の熱エネルギーを電力として利用しているので、湧水と大気との間に温度差がある限り、電池切れを心配する必要もありません。この技術を用いれば、湧水の温度や気温だけでなく、湿度、圧力など、さまざまな環境計測も可能です。連続的な環境計測により、人為的な活動などによる湧水の変化の早期発見に貢献できます。このように、湧水の持つ多面的価値を示すことで、地域住民の関心を取り戻すことが可能となり、その結果として、失われつつある地域の水辺環境の復元を含めた地域資源の保全と持続的な利活用につながることが期待されます。

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今後の予定
今回の技術で重要となる湧水の元である地下水の存在については、先に記したTNFDやネイチャーポジティブのみならず、2014年に施行された水循環基本法において、国や地方公共団体に対し、健全な水循環の維持を目的とした地下水管理のための情報収集や解析、分析などの努力義務が課せられています。行政では地下水の保全や管理に対する予算や人員の確保が長年の課題とされてきましたが、本システムを進化させ、水位や水質など他の項目も含めた電池レスの遠隔モニタリングシステムを確立することができれば、課題であった人的および財政的負担を軽減させることが可能となります。また、住民へのアンケートを踏まえた微小電力の活用方法に関する分析や、景観へ配慮した発電装置のデザインに関する基礎的研究も一体的に進めることで、地域資源としての湧水の価値を高めていきたいと考えています。

論文情報
掲載誌:Energy Conversion and Management
論文タイトル:Harvesting thermal energy from spring water using a flexible thermoelectric generator
著者:Yasutaka Amagai†, Aya Ichinose†, Reo Ikawa, Moeno Sakamoto, Takumi Ogiya, Momoe Konishi, Kenjiro Okawa, Norihiko Sakamoto, and Nobu-Hisa Kaneko
†両著者はこの研究の共同筆頭著者
DOI:doi.org/10.1016/j.enconman.2024.118605

用語解説
湧水
厳密な定義があるわけではありませんが、地下水が自然に地上に湧き出してくる現象が湧出であり、その水を一般に湧水と呼びます。

熱電発電
電子は電気だけでなく熱を運ぶこともできます。導体の両端に電位差があると電流が流れるように、導体の両端に温度差があると、内部の電子が移動して、電流が流れます。この固体中の熱と電気の相互作用を熱電効果といい、熱電効果を利用した発電技術を熱電発電と呼んでいます。私たちの身の回りにある乾電池などは、内部の化学反応によって電気を起こし、その電気エネルギーを取り出します。それに対して、熱電発電は、化学反応を起こさずに、熱のエネルギーを電気エネルギーへ変換することができる、新しいタイプの電池と言えます。

長野県松本市
長野県松本市は、国宝松本城の城下町としてつとに有名です。松本城周辺地域は、美ヶ原などの山岳地帯や扇状地がかん養した地下水を豊富に蓄え、数多くの井戸や水路が存在する名水の地としても知られています。これらの井戸を一体的にとらえたものを松本市では「まつもと城下町湧水群」として整備しており、環境省による平成の名水百選にも選定されています。

TNFD
Taskforce on Nature-related Financial Disclosuresの略称。企業や団体の経済活動による自然環境や生物多様性への影響を評価し、見える化するためのフレームワークです。

ネイチャーポジティブ
経済活動による生物多様性を含む自然資本への損失を食い止め、ポジティブな方向へ回復させていくことをいいます。

熱電材料・モジュール
熱電効果の作用が大きい特殊な合金や半導体を熱電材料と呼びます。熱電材料単体では、電圧レベルが小さいので、そのままでの利用は困難です。そこで、電圧を高くするため、複数の熱電材料を直列に接続したユニット構造が発明されており、それを熱電モジュールと呼んでいます。

ヒートシンク
伝熱特性の良い金属である銅やアルミニウムを素材とした放熱・吸熱を目的とした部材です。効率よく放熱や吸熱が行えるように、魚のヒレを模したフィン形状とすることで表面積を増大させ、放熱・吸熱能力を増幅させています。

DC-DCコンバーター
直流(DC)電圧をある電圧レベルから、別の電圧レベルに変換・増幅する電子部品のことです。電子機器はそれぞれ動作可能な電圧範囲が違うため、個々に見合った電圧を作る必要があります。熱電モジュールからの出力電圧は数百mV程度なので、温度センサーの動作電圧である3 Vへ増幅する必要があり、昇圧型のDC-DCコンバーターを使いました。

キャパシター
電気回路の中で、電気を蓄えたりそれを放電したりする電子部品です。熱電モジュールが発電した電気を蓄える役割を果たしています。

水循環基本法
水を国民共有の貴重な財産とし、地表水や地下水の利用・保全に関する施策の基本理念を明らかにした法律(平成26年4月に制定・公布)。

プレスリリースURL
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2024/pr20240610/pr20240610.html

情報提供元:PRワイヤー
記事名:「湧水に浸すと発電できる「湧水温度差発電」